人生のメモ

琴線に触れた小さなことを、文章に。

美しいもの、美しい文章

今日はポジティブな内容を。テーマは「美しいもの」。もちろん人によってモノの好みは違うが、僕が最近美しいと思ったものをメインに、美しいものに対する思いを書いてみる。

スタバで写真撮るだけで数十万の「いいね」

誰でも美しいものを見ると、気分が良くなるものだ。美しい景色、美しいイラスト、美しい人、音楽、文章など、美しいものは見る人の感動を誘い、心を癒してくれる。1番最近それを感じたのは、このツイートである。

世界中の男を思い通りに操れるのではないかと思わせるほどの可愛さだ。リツイートや「いいね」の数が半端ない。スタバで飲み物買って写真撮るだけで、何十万という人たちに「いいね」される気分を、一生に1度ぐらい味わってみたいものである。僕も今度スタバに行ったら試してみよう。誰かの手が滑れば、30歳超えサラリーマンの笑顔でも1いいねぐらい貰えるかもしれない。

美しい人というのは、それほど大きな力を持っている。僕自身も上のツイートの写真を見て、今日の仕事の疲れを癒しているぐらいだ。キモいとか言うな。男なんてそんなもんだ。山下智久も福士蒼汰もディーンフジオカもそんなもんだ。そういうことにしとこう。

美しい音楽、景色、イラスト

音楽で言えば、最近行ったMr.Childrenのライブは心から感動した。そのライブでも歌われた『Tomorrow never knows』は超有名曲だが、初めて聴いたときの感動は今でも覚えている。あれは子供の頃、回転寿司に行ったときだった。店内で流れていたその美しいメロディに、穴子を食べながら心から感動した。穴子も美味しかった。

景色で言えば、数年前に沖縄で見た満点の星空は今でも忘れられない。新月の夜、明かりも全くない離島の浜辺で見たその空は、今までの人生で1番美しかった。写真にはうまく映らなかったのでお見せすることができないが、あれを超える空は、今後見ることはないかもしれない。そう思えるぐらい最高の星空だった。

また、イラストで言えば、loundrawという方のイラストには心を奪われるような美しさがある。最近では『君の膵臓をたべたい』という作品のイラストなどで有名なイラストレーターさんだ。個人的にアニメやイラスト界隈はあまり深く知らないのだが、この人の描く絵は泣きたくなるような美しさがある。例えばこんな感じだ。

これらのように、美しいものは人の心に刻み込まれる。ものによっては、一生忘れられない思い出となり、宝物になる。

美しい文章とは

そこで、自分も美しいものを周りに提供できないか?と考えてみた。手っ取り早く実現するなら、旅をして、美しい景色を写真や動画に収めて公開することだろう。VRが流行りかけている今のうちに360度の美しい動画を撮り集めておけば、2,3年後に重宝されるかもしれない。

少し手間をかけるなら、イラストや音楽をしっかり勉強して、美しいと思える作品を作り出せばよい。それらもいずれやってみたいとは思っている。ただ最近は、美しい文章にも興味がある。

文章は、「美しい」と思わせるのが難しい。今までいろんな文章を読んできたが、ブログやTwitterの文章だけで、その美しさにウットリしたようなことはほとんどない。でもだからこそ、そんな文章を書けるようになったら、かなりの強みになるだろう。

そのハードルは高い。素敵な言い回しや珍しい表現をするだけでは心には響かない。その文章が表す意味、例えば「その発想はなかった」とか「言いにくいこと・モヤモヤしていたことを具体化してくれた」とか「とにかく共感できる」とか「めっちゃ励まされる」みたいなものがないと、読んだ人にとって美しいものにはならない。その文章を書く人の実績や経験が意識されることもある。

それらは一朝一夕でできるものではない。自分が感動したことや感じていることを、他の人に対して全力で伝えること。自分なりの表現で、シンプルに、美しいと思える形で伝えること。それを日々続けることが、美しいものを生み出すための力になっていく。僕はそう思っている。

なお、最近、文章でいいなと思ったのは、下のツイートだ。上2つの励ましの威力は半端ない。異論反論は受け付けない。

Mr.Childrenの25周年ライブに参戦して

先日、Mr.Childrenのライブに参戦すべく、東京ドームに行った。彼らのデビュー25周年を記念したライブだ。前に東京ドームに来たのはいつだったかな。確か学生時代だったから、10年近く経っているはず。本当に、月日が経つのは早い。

http://tour.mrchildren.jp/dome_stadium/

約10年ぶりの東京ドーム

この10年で考え方も日々の生活も、良くも悪くもすっかり大人になってしまった。最初は全く好きではなかったビールや漬物がいつの間にか美味しく感じるのは、嬉しくもありちょっぴり切なくもある。納豆ともずくは未だに嫌いだが。あんなのみんなよく食べれるね。

それでも、学生時代によく聴いていた音楽というのは、いつになっても胸を高ぶらせてくれる。Mr.Childrenやゆずを始め、JPOPは昔から好きで色々聴いてきたのだが、僕の中ではやはりミスチルは特別だった。中学生の頃から浴びるように聴いていて、何度かライブにも行った。

Mr.Childrenの人気の凄まじさ

今回のライブはMr.Childrenファンにとってはかなり貴重なものなのだが、友達経由でチケットを貰うことができた。彼からは何度かチケットを貰ったことがあり、その度に「持つべきものは友」という言葉を実感する。

元々このライブには身近な友人と行く予定だったのだが、その人が急遽ダメになったので、募集用のTwitterアカウントを作り募集をかけた途端、かなりの反響があった。さすが天下のミスチル様である。得体の知れないアカウントにでも躊躇なくコンタクトを取らせるほどの力が、そのライブチケットに宿っている。

しかし僕が優しく素敵なジェントルメンだったから良かったものの、秘書に暴言吐く議員のような変な奴だったらどうするのだろうか。正直、彼らの積極性を見て少し心配になった。見た目で怪しさがわかれば直前でドタキャンできなくもないが、猫をかぶられたら見抜けないだろう。まあリスクがあるのはお互い様だけども。

人はみんな意外とまとも

応募者の中から1人を選んでメッセージを送り、LINEでやりとりした。普段からインターネットを見ていると、世の中は変な人が多いなぁという印象を持ってしまうが、実際話してみると、普通に常識的で話しやすかったりする。

それでもTwitterの知り合いとリアルで会うなんて初めてである。しかも初対面の女子とタイマンである。さすがに待ち合わせでは緊張する。と思ったが、僕もいい歳なので意外とそうでもなかった。大人になると、良いか悪いかは別にして、色々動じなくなってしまうようだ。

世間話しながらブラブラして軽食を取り、会場に入ってライブを楽しむ。ほんの数時間ではあったが、色々話して、ライブも最高で、久々に非日常な感覚を味わえた。ライブについて語ると長くなる上にネタバレになるのでやめておくが、心から満足できるものだった。

新しい人、新しい経験

同行してくれた彼女はライブが好きで、特にスピッツが好きだと言っていた。この歳では珍しいが、この夏はスピッツに捧げると熱弁している姿が眩しかった。セトリが変わらないライブでも何度も参加するらしい。もう情熱がヤバい。隣にいたら溶けそうなほど熱い。髪の毛2,3本焦げたかもしれない。ライブ以外に旅行も好きなようで、他にも色々なものに挑戦していて、いかにも「毎日を楽しんでいる!」というのが伝わってきた。

僕も毎日楽しんでいるつもりだが、もっと楽しんでいそうな彼女に対し、恥ずかしながら憧れのようなものを少し感じてしまった。なんとなく少しでも長く話したくなり、彼女の乗る電車に合わせてこっそり少し遠回りのルートで帰った。別に下心のようなものではなく、至って健全な「もう少し話していたい」という感情に、少し懐かしさを感じた。

新しい人と出会い、話すこと。新しい経験をすること。人生には、そのようなスパイスが適度に必要なのかもしれない。毎日を全力で駆け抜けている彼女と、素晴らしい感動を与えてくれたMr.Childrenのライブから、改めてそんなことを考えさせられた。1人になった帰りの電車で、ダウンロードしたスピッツのアルバムを聴きながら。

 

AKB総選挙とブラックボックス

今日はAKB総選挙とブラックボックス展についての話をする。

AKB総選挙と結婚発表

AKB総選挙が先日行われた。僕自身は彼女たちにそれほど興味はないのだが、「総選挙」というイベントは面白いと思う。芸能人を公式にランク付けする様子なんて、なかなか見れるものではない。

結果的には指原さんが3連覇とのことで、最近のアイドルファンは顔より中身を重視しているのかなぁなんて思ったりした。乃木坂とかも含めたら、順位がどうなるのかは個人的に気になるところだ。

あと、特に話題となったのが、須藤さんの結婚発表だ。「アイドルとして良くない」という正論で叩く人の気持ちはわかる。総選挙という場で発表すべきではなかったかもしれない。

しかし実際に彼女だっていつかは結婚するわけで、彼女を知らない人間からすれば「おめでとう」でしかない。彼女のファンが叩き、ファンでない人は祝福するというのは、不思議な構図だなぁと思った。

ブラックボックス展と痴漢

ブラックボックス展なるものが六本木で開催されていたが、そこで体中を触られたという女性の口コミがTwitterなどで溢れているという。酷い人はキスされたり乳首を触られ、泣いたり放心状態になっている人もいたそうだ。

「ブラックボックス展」という謎のイベントが炎上 女性が胸を触られたりキスされる被害報告が続出 | ニコニコニュース

世の中には気持ち悪いことを考える男がいるものだ。しかし、暗闇の中で女子と触れ合ってしまうというのは避けられないであろうし、そうしたときにヤバイ奴がそういう行動に走るのは目に見えているとも言える。主催者側も考えておくべきだっただろう。

インターネット上でも、匿名であるTwitterなどでは積極的だったり攻撃的になる人が多いという。リアルもネットも、やはり「特定されない状況」というのは危険である。面白いとは思うが、イベントもシステムも、その辺りを考えた上で設計してほしいところだ。

推測されるパスワードたち

WebサービスやSNSが広まってからは、不正アクセスが定期的にニュースになる。今回はヤフーのアカウントを対象にしたものが発覚した。

IBM社員逮捕 不正アクセス写真のぞき見|日テレNEWS24

山口容疑者は去年9月から今年3月までの間、面識のない20代の女性3人のヤフーの個人アカウントのIDとパスワードを推測して不正にアクセスし、名前や住所、プライベートな写真などをのぞき見した疑いが持たれている。

不正アクセスなんて愚行だけど

20代の女性を狙っているあたりがなんともイヤらしい。とはいえ50代男性を覗き見しているよりは、ある意味健全ではあるが。今時SNSではなくヤフーのアカウントというのがなんとも渋い。覗いても大して楽しそうには思えない。

そもそも最近は、いつもと違う端末などでログインするだけでメール通知が来たりする。それで気づかれて通報されればアクセス元などすぐにバレるのだから、不正ログインなど愚行すぎる。どういう算段で反抗に至るのか不思議だ。もちろんバレなくてもダメだけど。

ところで、最近はほとんどのサービスで、パスワードは数回間違えたらロックされる。ヤフーも例外ではないだろう。にも関わらず推測されてしまうということは、誰でも思いつくような単純なパスワードにしている人が多いということである。

単純なパスワードを予想してみる

一体どのようなパスワードなのだろうか。少し真面目に考えてみる。最近は「123456」のような単純なものは入力チェックに引っかかるので、少なくとも文字と数字は必要になる。たまに記号が必須のものもある。

パッと思いつくのは、名前と誕生日の組み合わせだろう。名前以外では、好きなものやペットの名前などだろうか。そういえば学生時代に彼女のSNSのパスワードが、ずっと元カレの名前と誕生日だと暴露されたことがある。ひどい仕打ちである。地味に精神的ダメージを負った。

他にも、免許の更新時に自分の暗証番号が「0123」だと暴露しているおじいちゃんもいた。そのように多くの人は、覚えておくために単純なパスワードにしておこうとする。以前に、多くの芸能人のSNSに不正アクセスがあったというニュースも見た記憶があるが、それも同じ話だろう。

「パスワード」がそもそもよろしくない

そういう意味では、セキュリティの仕組みとしてパスワードはあまり適していない。「単純にしたい」というユーザーの思いと、「単純であってほしい」という不正ログインを狙う人たちの願いが一致してしまっているからだ。

今後は違う方法になっていくと思うが、まだしばらくはこのままだろう。今更パスワードは「定期的に変更する」とか「推測しにくいものを使う」などという教科書的な話をするもりはないが、とりあえず元カレの名前をいつまでも使っている人は、変更をおすすめする。

治ってるのに病院へ行く人もいる

今日は小出恵介さんのニュースでも取り上げようかと思ったけど、狩野英孝のデジャヴ感が強いのでやめておく。ということで、日記的なものを。

久々に風邪をひいてしまった。もう一週間になるが、まだ咳が止まらない。休日を誰より愛していることを自負する僕も、このまま一生咳が止まらないのは嫌なので、貴重な土曜の朝から病院に行くことに。

待ち時間を最小限にすべく、診察開始時間とほぼ同時に病院のドアを開ける。目に入ってきたのは、まさかのお爺さまお婆さま方の行列。フライング間違いなしと確信できるタイミングで、10人以上が並んでいた。どう見てもフライング常習犯である。診察がオリンピックの種目だったら全員即退場だろう。

みんなこうして土曜に来てるけど、平日も働いているようには見えないご高齢な方々ばかりである。凡人なら、「あんたらは平日に来れるじゃないか…なぜわざわざ土曜を選ぶんだよ」なんて心無いことを思うだろう。一方僕はというと、「あんたらは平日に来れるじゃないか…なぜわざわざ土曜を選ぶんだよ」と思った。凡人である。

とはいえ、 もしかしたら平日に働いてる人たちかもしれないし、もしくは金曜の夜に具合が悪くなったのかもしれない。高齢者だからといって土曜に病院行くな、という考え方はおかしい。そうして心を落ち着けていたところ、老人が受付の人と話している会話が聞こえてきた。

「もう治ったんだけどね〜!なんとなく来ちゃったよ〜!」

「今すぐ帰れ!」と凡人は思うだろう。やはり僕も思った。加えて、受付の人に、「『今すぐ帰れ』と叫べ!」と全力でテレパシーを送ったが、ギリギリ届かなかったっぽい。「そうですかぁ〜」ってすげーニコニコして診察券受け取ってた。

まぁそんなどうでもいい話。薬効いてきたのでもうすぐ治りそう。

カフェで怒られる学生を見て

久々にドトールでコーヒーを飲んでいる。目の前には「勉強等の長時間のご利用は、他のお客様のご迷惑になりますので、ご遠慮ください。」という注意書きがある。注意書きの下に、ペンとノートの絵と禁止マークがデカデカと貼られている。

勉強していると怒られるドトール

これが店のいたる所にあるのだが、何とも冷たい言いっぷりだとは思わないだろうか。客に対して、回転率を上げるために早く席を開けろというのだ。気持ちはわかるが、正直者にも程がある。正直な可愛い女性は嫌いじゃないが、正直な口うるさいドトールは嫌いだ。

以前、ドトールの店員が、勉強中の学生に注意している光景を何度か見たことがある。不満そうに席を立つ学生と店員の間には、明らかに深い溝が生まれていた。それはもう、グランドキャニオンを彷彿とさせる溝だった。見たことないけど。その店員は、「明らかに勉強しているとわかる人」を対象にしているようだった。

勉強と勉強以外の境界とは

静かに勉強しているだけで長居するなと追い出され、隣で大声で長話しているおばはん軍団が無罪放免では、学生が納得いかないのも当然である。冤罪をくらった気分になるだろう。「この人勉強してます!」も「この人痴漢してます!」も、多感な高校生にとっては同じなのだ。知らんけど。

ノートとペンを持っていれば注意対象になるのだろうか。ではノートを読んでいるだけではどうか。参考書を読んでいるだけでは?スマホでスタディサプリの動画を見ているのは?友達と単語クイズを出し合うのは?「勉強」を基準としているのであれば、それは曖昧すぎる。

大体、イヤホンさえつけていれば、スマホで授業動画を見るのもエロ動画を見るのも同じである。他人から見れば、参考書を見るのも官能小説を読むのも同じなのだ。そういえば以前にカフェでグラビア動画をジッと見続けているおじいちゃんを見たが、家に居場所がないのだろうか、と少し切なくなった。関係ないけど。

納得できる説明ができるのか

ドトール側から見れば恐らく「回転率を上げる」とか「座れない客からのクレームを減らす」といった目的があるのだろうが、どちらも勉強に限定する理由はない。勉強はカフェ以外でもできる、という主張であれば、勉強以外も大抵当てはまる。

このあたりを、ドトールはどう考えているのだろうか。軽く検索しても公式なコメントがなかったので、少し疑問に思った。個人的にはカフェで勉強しないので問題ないが、注意される人たちが納得できるような説明をしてあげてほしいものだ。

Win-Winの関係を築いていきたい

あーもうほんとやってらんない。土日だというのに風邪をひいた僕の体は、今アツアツに火照っている。「熱いのでお気をつけください」の注意書きがあってもおかしくないぐらい熱い。

本当に、風邪をひくと良いことがない。体力的にも精神的にもつらく、ご飯を食べる気にもならず、仕事もできず、遊びにも行けず。せめて治ったときに、死の淵から回復した時のサイヤ人のように強くなってくれればいいのだがそれもなく、せいぜい健康のありがたみを感じるぐらいである。可愛いナースに付きっきりで看病されるのならまだしも、当然ながらそんなものもいない。

そもそもウイルスっておかしくないか。人の体に勝手に入ってきて暴れ回るなんて、どうかしている。気が狂っている。不法侵入にも程がある。何が楽しくてウイルスなんぞに僕のピチピチの健康体を貸してやらねばならんのだ。

そもそも彼らは、もっと良い進化の仕方があったんじゃないのか。例えば人の体の中の悪い菌を食べる、みたいな。血液の流れを良くしてくれる、みたいな。それなら喜んで体をお貸しするというのに、なぜこうも迷惑をかけようとするのか。全くもって理解しがたい。

昔から思っているが、蚊だってそうである。血液を取っていくだけでなく、ご丁寧に、かゆみ成分を注入していってくださる。ふざけている。別にいらないでしょそれ。むしろその「かゆみ」のせいで人間は蚊を目の敵にしてるじゃん。お前ら命狙われてるじゃん。

というか蚊はなんで進化の過程で「かゆみ成分」を選んだんだろう。「美肌成分」とか「快感成分」を選んでいれば、重宝される存在になっていたかもしれないのに。女子高生が、「え、まだ蚊やってないの?サイコーだよ〜」とか話してたかもしれないのに。完全に蚊の祖先の選択ミスである。子孫からすれば溜まったもんじゃないだろう。

何が言いたかったのかというと、何だっけな。別に何も言いたくなかった。僕らも相手の気持ちになって、Win-Winの関係を築いていくような進化を遂げたいものだ。とかいう締めにするのも何か違う気がする。まぁいいや、今日は寝よう。

情報過多のストレスに立ち向かうために

僕らが日々感じている様々なストレス。その形は、時代によって変化するようだ。スマホがいつも手元にあり、いつでも情報に触れることができるこんな時代だからこそ感じるストレスもあるという。

情報過多のストレスから“脱出”する、たったひとつの方法|WIRED.jp

プッシュ通知は「茂みからのカサカサ」

先日SNSがストレスになるというネタについて書いたが、今回の話はSNSだけでなく、ニュースなどの、誰もが日々取り入れている情報を対象にしたものである。

冒頭の記事をまとめると、「ストレスを減らすために、プッシュ機能をオフにしよう」というだけ。どうやらこの著者は、プッシュ通知が人間にとってストレスだと考えているようだ。本当かどうかは置いておいて、その理由を示した箇所を抜粋しておく。

遠い祖先が茂みから聞こえてくるカサカサという音に反応していたのと同じように、あなたはアラートに反応する。ふたつは異なる刺激ではあるが、脳はニュース速報のアラートと茂みに身を潜めるトラの違いを、本能的には認識しないのだ。

僕はスマホの通知なんて小鳥のさえずり程度にしか感じていないのだが、猛獣に襲われるのではないかと怯える人もいるようである。LINEが鳴る度にガタガタ震えている人がいたら、そういうことだと察してあげてほしい。少なくとも僕は、まだお目にかかったことはないが。

たまには他人との繋がりを絶つのも良い

しかし確かに、たまには情報から解き放たれて、ボーッとするのも気持ちがいいものだ。通知音は置いておいても、SNSは誰かと繋がるが故に、多少のストレスは避けられない。他人との繋がりを一時的に絶つのは、気持ちをリフレッシュする上で効果的なのは間違いない。

ただ僕の場合は、仕事で24時間動くシステムを管理している以上、常に電話を手放せない。だから心が休まらない。さすがにもう慣れたが、ここ3年はずっとそんな感じだ。そういえば、着信が鳴るたびにガタガタ震えているかもしれない。いた。震えてる人ここにいた。

本当は何も気にせず、スマホも何もかも置いて旅でもしてみたい。ビールのCMでよく見るような広い草原にでも行って、寝転がって本でも読みたい。そんで綺麗なお姉さんが隣に座ってきて、仲良くなったりしたい。「風が気持ちいいですね」なんて話しながらいい感じになったりしたい。

こんな小さな願いが叶わないのも、常に他人と繋がってるせいである。

止めるべきは、通知ではない

さて、AIやらIoTやらが発展し、それらは今後ますますパーソナライズされていく。機械は個人の好みを正確に把握し、それぞれに必要な情報を提供してくれるようになるはずだ。それが「通知」と呼べるものかどうかはわからないが、人々の生活に自然に入り込んでいくだろう。

昔は新聞で全ての記事全体が目に入ってきて、そこから読むものを選択していた。今はニュースアプリでタイトルだけを見て、自分が気になったものを選択して見ている。それが今後は、タイトルすら見ることなく、必要なニュースが流れ込んでくるようになる。

これはある意味、自然な流れである。きっとSNSも、AIが相性の良い人同士を繋げてくれるようになるだろう。草原で微笑んでいる綺麗なお姉さんと繋がれる日が来るかもしれない。

そんな通知を、茂みからのカサカサと同じ理由でストレスの対象として止めるのは、さすがにどうかと思う。通知そのものがストレスだと言うのなら、いかにそれを感じないように生活に溶け込ませるかを考えていくべきだ。

いつの時代も、流れを見て、変化する環境に応じた考え方ができるようになりたいものだ。

ハンターハンター再開とニートのブログから考えたこと

連載が止まっていた人気漫画『HUNTER×HUNTER』の連載再開が決まったようだ。Twitterのトレンドに上がっていたことからも、多くの人が待ち望んでいたのが見て取れる。僕も全巻Kindleで買ったほど個人的に好きな漫画なので、かなり嬉しい。

多くの人が待ち焦がれるコンテンツ

この「多くの人に待ち望まれる感覚」というのは、どんなものなのだろうか。待ち望まれるものとしては、漫画家や作家やアーティストなどの「作品」であったり、iPhoneのような特徴的な「製品」であったり、いくつかバターンがあると思うが、普通の会社員には、なかなか味わえるものではない。

しかしブログについては、僕のような一般人でも気軽に発信できると同時に、期待される可能性を秘めたコンテンツと言えるだろう。大抵のブログは更新されなくても誰も気にしないが、本当に人気のあるブログは、楽しみにしている人も多い。

ということで、僕がたまに見る人気ブログを例に出すと共に、少しばかりその特徴や思うところについて書いてみる。そのブログは、なんと月間2000万PVである。

イエーーーイ!2000万PVイエーーイ!! : まめきちまめこの日常

ニートが叩き出す驚愕の数字

ブログをやっている人ならわかると思うが、これはニートが叩き出す数字とはとても思えない。ブログ界ではPV自慢をする人をよく見かけるが、この2000万PVを見てからは、どのブログにもあまり凄みを感じなくなってしまった。

彼女は今でこそ有名人だが、最初は当然ながら一般人である。何の取り柄もないニートだったのだ。そんな彼女がこれほどのPVを出すためには、ブログに相当飛び抜けた特徴が必要なのは間違いない。一体何なのだろうか。

根本的な笑いのセンスや絵心といったところもあるとは思うが、大きくは「漫画」「毎日更新」「ニート」あたりが特徴として見て取れる。他のブログで「漫画」かつ「毎日更新」という組み合わせは少ない。そこに、「ニート」という最も社会で弱い立場からの発言による嫌味のなさが加わり、笑いや共感を生むのだろう。

しかし、他のブログと比べて何十倍、何百倍もの差が生まれるほど面白いかと言われると、疑問が残るのも事実ではある。そこには人間性とか、雰囲気といったような、言葉や数字にしにくいものが関わっているのかもしれない。

「面白いからまた見に来よう」の素敵さ

そして何より注意してほしいのが、このブログが漫画メインであり、文章がほとんどないことである。そのため、当然ながら検索からの流入は大したことがないだろう。つまり単純に、日々の更新を楽しみにして多くの人がアクセスして2000万PVになっているのである。

最近はアフィリエイトも盛んになり、多くのブログや書籍などで、検索からのアクセス数アップが謳われている。しかし、検索第一のブログよりも、「面白いからまた見に来よう」と思わせるブログが、1番素敵なのではないだろうか。この人気ブログを見る度に、そんなことを感じている。

人のブログをどうこう言える立場もアクセス数もないが、僕もそんな素敵なブログを目指していこうと思っている。

9時から17時で働かなくてもいいじゃないか

世間では過剰労働が注目を集めているが、フューチャーイノベーションという会社は、1日5時間勤務だという。13時から18時。仕事は朝から晩まで働くもの、という常識はもう古いのだ。

正社員なのに定時は13~18時 創業時から全員5時間勤務の会社「朝は通勤ラッシュで疲れる、昼食後は眠たくなるから」 | キャリコネニュース

9時〜17時という無意味な縛り

今は多くの会社で、9時から17時とかその前後が勤務時間となっていて、さらには残業も行われている。しかし、実際にそうしないとビジネスが回らないのか?というとそれは違うだろう。全ての会社がそうとは言わないが、少なくとも適切な時間は会社ごとに違うはずだ。

確かに資本主義の競争の中では勤務時間はある程度長いほうが有利かもしれない。とはいえ果たして、会社の利益のために、自分の時間を捧げたいという人間がどれほどいるだろうか。会社はそこそこにして、プライベートを楽しみたい、という人の方が圧倒的に多いのではないか。

ゆとりの足りないおっさんたち

今や世の中は急激に変化し、昔の制度は意味をなくし、人々の考え方も変わってきている。「ゆとり」という言葉が悪い意味で取られることがよくあるが、昔の習わしに囚われて忙しく働こうとする人にこそ、ゆとりが必要なのではないだろうか。

今の時代に合わせた人間らしい生き方をするために、必要なものと不要なものを見極め、本当の意味でのゆとりを手に入れようとするべきではないか。朝から晩まで働くことに、もはや意味はない。一生同じ会社で、楽しくもない仕事をし続けることにも意味はない。

これから出てくる会社が鍵

大きな会社は、変わるのが難しい。既にあるものを壊して作り直すのは、時間も労力もかかる。反対勢力も必ず出てくる。だからこそ、これから出てくる会社は、昔からの古びた考え方や他の会社に囚われず、刷新した働き方を作り上げていってほしい。

探り探りにはなるかもしれないが、この急激に変化する社会ではその方が正しい選択になると思うし、いずれそれがスタンダードになっていくだろう。 僕らだけでなく、僕らの次の世代が心地よく働ける未来を、今のうちに、少しずつでも作り上げていきたいものである。