人生のメモ

琴線に触れた小さなことを、文章に。

いくつかのアルバイトから学んだこと

アルバイトは、多くの職種を経験したほうがよいと思う。そんな記事があったので、僕も自分のバイト時代について思い出してみた。もうバイト時代から10年近く経つが、今思えば、どのアルバイトもそれぞれ面白いところや学ぶものがあったと思うので、それをここで共有してみよう。

年賀状配達

これが最初のアルバイトだった。高校の冬休みに友達に誘われたのがきっかけだ。本番は正月の年賀状配達なのだが、その準備期間のような形で1ヶ月ほど普通の郵便も配達する。

最初は地図を片手に家を探しながら配達するのだが、人間の適応力というか記憶力は面白いもので、数日で地図要らずになる。やる前はずっと移動で大変そうな仕事だなぁと思っていたけど、やってみると一人で気楽にできる楽な仕事だと感じた。バイト向けの配達量だろうから社員は大変なのかもしれないけれど。

配達先の家の人と会うと、頻繁に「ありがとう」と言ってもらったり、時にはコーヒーをもらったりする。子供だったから、というのもあるかもしれないが、手紙届けてるだけで感謝されるのは、今の仕事と比べると精神的な報酬が大きくて良かった。

家庭教師

地元でそこそこ有名な家庭教師のバイトをした。最初は塾講師向けの面接に行ったのだが、僕が喋り上手なタイプではないことを見抜かれたのか、塾講師ではなく家庭教師を勧められた。結果的にはその方が向いていたのかもしれない。

面接で印象的だったのは、面接官が思ったことを手元のノートにメモしていたことだ。面接相手の僕から余裕で読める大きさで。今でも覚えている。汚い文字で書かれた「いいやつ」の4文字を。お褒め言葉は大変ありがたいが、教師ならもっと何か表現の仕方があったのでは、とも思う。

バイト内容は、自分の知っていることを教えるだけで、給料は他のバイトと比べても高く、夏も冬も快適な部屋が用意されている上に、毎回終了後はおやつが出るという素晴らしい待遇。親とのやりとりが多少面倒だったが、バイトとしては恵まれたものだった。仕事のつらさと報酬は比例しないことを実感した。

宅配の仕分け

2ヶ月程度の一時的なバイトだったが、1日1万5千円というなかなかの金額だった。面接などはなく、荷物を運ぶだけの力作業。仕分け自体は猿でもできる内容であり、面白みはゼロだ。なぜ機械化しないのか不思議なレベルだった。

そこで学んだのは、宅配便の荷物は思っていたよりも雑に扱われるということ。割れ物は多少はマシだが、普通の荷物は相当なスピードで遠慮なくポイポイ投げられる。あなたの家に届くその荷物は、険しい旅路を経て辿り着いていることをわかってあげてほしい。

写真屋

デジカメの写真を印刷したり、使い捨てカメラで撮った写真を現像したりする仕事だ。今は自分の家でも印刷できるし、そもそも写真はスマホで事足りるので、無くなりつつある仕事だろう。僕の働いていた店も、辞めた1年後ぐらいには潰れていた。

機械がほとんどやってくれるのだが、その機械が頻繁に壊れていたので気が休まらなかった。ちょうど1年目ぐらいに、お金の計算で2000円足りないと呼び出された。前日夜の担当だった僕が怪しいと踏んだのだろうが、締めの計算では確実に合っていた。

しかし、他店舗からヘルプで来た、話したこともないデブの女リーダーみたいな奴になぜか完全に犯人扱いされ、払え払えと迫ってきた。最初は否定していたが、あまりにしつこく、用事があったのもありその場で2000円叩きつけて辞めてやった。理不尽な人間が職場にいると仕事は一気に不快になるものだと感じた。

カフェ

これが最後のバイトである。これは2年以上続けていた。バイト代は安いが、男子大学生にとってはなかなか恵まれた環境だったように思う。というのも、他のバイトは大抵女子だったからだ。

そこでは営業終了後に、余ったケーキを食べながら30分ぐらいダラダラ喋るという慣習があったため、誰とでもそこそこ仲良くなれた。女子慣れしていなかった僕を変えてくれたといっても過言ではない。彼女がほしい男子学生はカフェでバイトするべきだと心から思う。新しく入る子の履歴書とか見るのも楽しい。

あとカフェバイトで学んだのは、女性ばかりが集まるとイザコザが多いということ。これは本当に面倒だった。くだらないことで悪口を行ったり、陰口を叩く奴が少なからずいる。僕は基本的に中立で関与しなかったが、仕事がやりにくくなることも多々あった。

バイトをいくつか経験して

これらのバイトを経験して特に思ったのは、本当に職場によって仕事内容は様々であり、仕事の難易度と給料はそれほど比例していないこと。だからこそ、今の自分のバイトが自分に合っていないと感じるのであれば、他のバイトも色々試してみるべきだと思う。

社会人も、本来は様々な職種を試せる環境になるべきだと思うのだが、今の日本ではそれが難しくなっているのが少し悲しい。