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ブログで儲けるなら

最近、ブログの広告収入で稼ぐ人が多くなってきた。ここ数年で、収支報告の記事を頻繁に見かけるようになった。そんな中、ブログで儲けることに拒否反応を示す人の心理、なんてのが話題になっているようだ。

ブログで儲けるのは悪いことか?

まず、ブログで稼ぐことは、もちろん法律違反でも何でもない。そういう意味では全く悪くない。しかし人の感情はそんなに単純ではなく、人によっては、記事に書いてあるように「ブログで儲けること」に対して無条件で嫌悪感を持ってしまう。

さすがに無条件で嫌われてはブロガーも可哀想な気もするが、そういう人がいるのは仕方ない。個人的には、「儲けているかどうか」はどっちでもよくて、ブログの記事の内容に「信頼性があるか」とか「どこにでもある内容ではないか」といったことが気になる。

どこかのブログを参考にして書いた、嘘スレスレの情報や、オリジナリティ無しのありふれた情報がインターネットに溢れると、全体的に情報が濁ったり薄まったりする。すると、情報を探している人が、本当に求めている情報に辿り着きにくくなるからだ。

そういうブログで「今月の収支報告!」なんて記事を見かけると、 確かに微妙な気持ちになる。

嫌なら見なければいい、はおかしい

嫌なら見なければいい、という言葉を聞くこともあるが、それは極論である。多くの人々がGoogleから検索して情報を探す以上、見たくなくても検索結果に出てきてしまうことはある。

例えば僕も、NAVERまとめのような見にくいサイトが検索結果のトップに来て、不快な思いをすることがよくある。あんなにダラダラと大きな文字で、さらにページを複数に分けて表示される情報寄せ集めサイトは迷惑でしかないと思っている。

それが個人ブログであっても、インターネットに投稿した時点で、意図せずとも見えてしまうのである。だからこそ、ブログを書く人は、その情報の出処は正確か?他の人が散々発信してきた情報じゃないか?といった観点で、自分のブログとして自信を持って送り出せる記事を書いてほしい。

他のブログでは見つけにくい情報や主張だったり、他の記事より読みやすい内容だったり、何らかの価値を付けた記事を書いているのに、「儲けること」に文句を言う人がいるのであれば、それは単なる僻みの可能性が高い。

それでも、価値なんて人それぞれ

とは言え、自分ではどれだけ価値があると思っていても、他の人にとって価値のあるものかどうかなんてわからない。人の判断基準は人それぞれだ。これは変えようのない事実である。

例えば以前、『信長協奏曲』のドラマが流行ったときのことだ。僕は第1話を見て面白かったので、すぐに記事を書いた。「織田信長 歴史」で検索されることを意識して書いたところ、検索結果のトップに出るようになった。すると毎週、ドラマの放送時間帯は、その記事だけで3000PVぐらい集まるようになった。

僕は別に歴史が好きではないが、色々調べて、「史実と同じか?」「このキャラは本当はどんな人物だった?」のような、みんなが知りたくなる内容をまとめた。僕にとっては価値のある情報を詰め込んだつもりだ。

しかし、歴史大好きな人からすれば、中途半端で稚拙な内容に見えたかもしれない。「こんな記事を検索トップに出しやがって!」と思われたかもしれない。「信長初心者が調子に乗りおって!」と思われたかもしれない。

つまるところ、他人の価値観なんてわからないのだ。「他人にとっての価値」を気にしていたら、誰もブログなんて書けなくなってしまう。

自分にとって納得のいく記事を送り出すこと

全ての人に気に入られる記事を書こうと思っても、それは無理なのである。世の中の全員に好かれる人がいないのと同じで、全員に気に入られる記事もない。

だからブロガーは、自分なりの価値を詰め込んで、自信を持って、納得の行く記事を送り出せばいい。自分が書きたい熱意を持っているのであれば、それを全力でぶつけて書けばいい。

それを否定されたとしても、それはその人の価値観でしかない。その人からは「何つまんねー記事書いて稼いでんだよ」と見えたとしても、「これは稼いで当然の価値ある記事だ」と思えれば、何も気にすることはない。僕はそう思う。