わらまろぐ

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ネットの出会いには壁がある

ひと昔前から世代が変わり、最近は結婚しない生き方も広がってきた。これほど簡単に他人と繋がれる「インターネット」を手に入れて、出会おうと思えばすぐに出会える環境になったにも関わらず、結婚しない選択をする人が増えるというのは少し不思議にも感じる。

ネットの出会いには壁がある

もちろん、昔よりも多くの情報が入ってくるようになり、人生の選択肢が増えたからというのもあるだろう。みんな、過去の慣習に囚われるのは無意味だと気づき出した。しかしそれと同時に、まだまだネットの出会いに壁を感じる人が多いのも、要因としてあるように感じる。

僕はもう少し、ネットを通じた繋がりが自然になってもいいのではないかと思う。普段の生活範囲よりも、ネットの向こう側の方が遥かに多くの人がいるのだから、出会わないのは損である。中には驚くぐらい気の合う人もいるだろう。

性格やコミュニケーションの仕方が見えない

毎日スマホを触っていて思うのだが、今のTwitterなどのSNSやブログなどでは、その人の性格やコミュニケーションの仕方が鮮明に見えてこない。それが、ネットの出会いに対する大きな障壁になっていると思うのだ。

僕自身も、実際に会えば、恐らくこのブログを読んでくれている人の想像とはかなり違う自信がある。文章は比較的堅苦しく書いているが、かなりテキトーな性格である。論理的で為になる話より、生産性の無いくだらない話をして笑っていたい。ほんとそんな感じ。

SNSもブログも、自己紹介を書く人は多いが、なかなか雰囲気までは伝わるものではない。

複数名での雑談というステップ

ところで僕も社会人になってからはネットからの出会いはないが、20歳ぐらいのときに、数名と会ったことがある。当時はSNSがやや始まりつつあったが、出会いのきっかけになったのは「チャット」だった。

今はなくなったようだが、使っていたのはYahoo!のチャットサービスだった。チャットルームに入り、数名の知らない人同士で雑談をする。複数名でのLINEグループようなイメージだ。

それが面白くて、3ヶ月ぐらい暇なときに続けていた。そこで出会った人たちの中で、気になった人と1対1で会話し、お互いに会ってみたいと思えばリアルで会うのである。

今思えば、数名での雑談というステップがあることが非常に良かったように思う。雑談していると、挨拶はちゃんとするか?周りの人に分け隔てなく優しくしているか?言葉遣いは悪くないか?などの、人としての基本的な部分が見えてくる。

2人では伝わらないものがある

今のSNSなどでは、最初から2人だけでメッセージでやりとりする場合が多い。しかし2人だけで話しても、相手がどんな人かはわからない。いくらでも自分を偽れるからだ。男とはほとんど話さないのに、女子にばかり優しくする人もいる。

せっかく誰でも繋がれる時代になり、LINEのような会話しやすいアプリもあるのに、それが活かされている環境がないなぁと思うのだ。いや、どこかにあって、流行っていないだけかもしれないが。