わらまろぐ

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答えがないものは苦手ですか?

将棋の世界を震撼させている中学生がいる。史上最年少14歳2か月でプロ棋士になった藤井聡太さんだ。現在、デビュー後の公式戦で17連勝中だという。今日はそんなプロのおっさんたちを蹴散らしている最強中学生の話から考えたことをお伝えする。

答えがないものを苦手とする人

これを書くきっかけは、先日のIPPONグランプリのオープニングで、松本人志が彼のことを話題にしたことだ。あるインタビューで彼が苦手な科目を聞かれた際、美術が苦手だと答えたそうだ。その理由が「答えがないから」だという。

確かに美術には答えがない。僕の周りでも数学が好きな人などはよく、この「答えがない」ものが苦手だと言っていた。このような人は、特に理系には割と多い。

それは答えが人によって違うもの

数学の試験では、答えがある。回答が「1」なのか「2」なのかで正解と不正解が明確に分かれる。美術ではそれはない。つまり、正解かどうかは作品を見た人の感性に委ねられる。恐らくそれが、彼らが言う「答えがない」の指すところだと思われる。

つまり、人によって答えが違うもの。将棋で言う「勝利」やビジネスでいう「利益(お金)」のような、誰にとっても同じ指標がないものである。美術にはそのような答えがない。答えというより、「ゴールが不明確」と言ったほうがしっくりくるかもしれない。

そのようにゴールが不明確なものは、見る人の経験や知識、環境などによって答えが変化するため、やっかいではある。しかし、それが苦手というのも、やや不安に感じる。というのも、それらは人生で普通に登場してくるからだ。

人生だって、ゴールは不明確

例えば恋愛などもそうだろう。人の好みは千差万別だし、相手にとっての完璧な正解になることなんてできない。それでも好きな人と一緒になりたいという自分の思いを成就させるために、駆け引きの中で試行錯誤するわけだ。

例え付き合うことができたとしても、それが絶対の正解なのかどうかはわからない。あの時あの人を選んでいたら、今頃どんな人生だったのか。あの時告白していたら、未来は違ったかもしれない。もっと幸せになっていたかもしれないし、悲しい結末が待っていたかもしれない。

いつまで経っても、答えなんて誰にもわからないのだ。だから、多くの人と出会い、別れ、最も素敵だと思える人と一緒になるために、動き続けるしかない。

恋愛に加え、もちろん美術に近い音楽などのアートもそうだし、長い目で見れば人生そのものだって、ゴールは不明確である。何のために生きるのか?それは自分自身で見出すしかないし、日々変わっていくものかもしれない。

僕らが磨くべき感性とは

これから先、多くの仕事が機械に取って代わられるという。そんな時代が来たとき、僕ら人間が自信を持ってできることは何か。機械には任せられない、人間らしいものは何か。それは、このようなゴールが不明確なものなのではないだろうか。

人間にしかできないアーティスティックな部分は、これからますます重要になってくるだろう。現代で言えば、先日「君の名は。」が人気になったが、これも素晴らしい美術作品の1つだろうし、この映画が機械に作れるようになるとは、今はまだ思えない。

ゴールが不明確なものは、難しい。しかし、不明確だからこそ、自分の感性を信じて、前に進み続けるしかない。僕を含め、人の目ばかり気にしている日本人には難しい部分かもしれないが、きっとこれから誰もが強く意識しだすのだろう。